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東京喫茶部

東京喫茶部「ゑでん」

2019.04.25

文/小谷実由

写真/島田大介

好きなものには自らの手で触れてみたい。たとえ触れることが許されなくてもできるだけ近くで、細部まで堪能したい。私はそんな思いをいつも抱えている。喫茶店に足を運ぶのも、好みの壁やソファなどの内装を写真ではなくこの目で見て、触れて自分の中で芽生えたときめきに間違いない気持ちと、喜びを深めたいからだ。

今回訪れたのは、新大塚にあるゑでん。以前別の仕事でこの周辺を散策しているときに出会ったここは、花柄の絨毯になっている壁にひと目惚れした喫茶店である。

ここでは必ずプリンが食べたい。今日はプリンと共にアイスのティーオレを注文した。ここのプリンはどっしり構えている。いつもそのヴィジュアルに一瞬物怖じするけど、一度口にすると控えめで優しい甘さに安心感を覚え、どんどんスプーンが進んでしまうのだ。そして、ふと今日は思ったことがある。いつも座っているのは大好きな壁沿いの席だけど、今日は反対側の席に座ってみるのはどうだろう。そして席を移動させてもらった。

今日はあたたかかったから久しぶりに冷たい飲み物を注文した。そんなに懐かしいわけではないはずなのに、冷たい飲み物を飲むときのこの懐かしさのような歯がゆさが今年も始まったなぁという気持ちとはいつも一体どう付き合っていくべきなのかと考える。なんだか照れくさい気持ちなのだろうか。昨日までは寒かったのに、突然やってくる晴れ晴れとした暑い日差しが差し込む天気なんて日は、服装も気持ちも頭も追いつかない、でも顔が自然とほころんでしまうような嬉しさ、というのと同じ。やっぱり照れくさいんだな。

今日は私も花の刺繍が素晴らしいシャツを着てきた。緑のソファにブルーグレーの壁、ここにどんな色を合わせてきたらいいものかとすごく頭を悩ませた結果、サテンの落ち着いた赤いシャツを手に取った。ひとつの色でもさまざまなトーンがあって、この赤はきっとずっと、どこでも合わせられる赤だから、特別に愛している。壁の柄に負けないようにと花を纏ってやってきたものの、ソファの傍に花壇のようなものもあるし、カレンダーもお花だし、コースターも花柄である。あっさりと私は負けを認めて、この花の楽園の一部になったつもりでいることにした。

離れた場所から見た大好きなもの。初めて全貌を見渡せて思ったことは、尚よし。という気持ちだった。もちろん同じ柄の総柄であるから、特に何かが変わったわけではない。気づいたのは、変わったのは、私の気持ちだった。色や柄が好きで愛でていたその壁には、ちょうど人が座る位置の色が薄くなっている部分があった。私のように愛おしさのあまり寄り添っていた人もいれば、きっと何も思わずただ寄りかかっていた人もいるだろう。しかし、多くの人々が訪れ、この場所でさまざまな時間を過ごしたという事実を説明していることに変わりはない。誰かがずっとここに居たんだということがわかることは、とても嬉しくあったりする。人々のそばでこの場所が静かにずっと佇んでいたという時の流れを感じさせてくれた。

いつも好きという気持ちを抱えて全力でぶつかっていくことが私は多かった。でも発想を変えて、一息置いて見たものもまた、同じようにときめきを与えてくれることに違いなかった。人生においてもあの手この手でいろんな角度から思考を巡らせていきたいなと思った日だった。

ゑでん
住所:東京都文京区大塚4-52-5
TEL:03-3945-3540
営業時間:9:30~20:00
定休日:日・祝日

クリエイターの紹介

小谷実由

モデル

1991年、東京生まれ。ファッション誌やカタログ、広告でモデルとして活躍。趣味は純喫茶巡り。「#喫茶部」として、オリジナルグッズを制作するなど、多くの人に喫茶店の魅力を伝える普及活動にも力を入れている。
https://www.instagram.com/omiyuno

島田大介

映像作家/写真家

映像ディレクターとしてキャリアをスタート。数々のCM やMUSICVIDEO などを演出し、カンヌ広告祭をはじめ国内外数々の賞を受賞する。2018 年、代表を務めた映像制作会社コトリフィルムを解散。 現在は作家としての制作を中心に活動中。

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