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東京喫茶部

東京喫茶部「サンマリ」

2018.05.25

文/小谷実由

写真/島田大介

前回も言った気がするけど、私がひとつ後悔していることといえば、喫茶店でアルバイトをしなかったこと。そんな私はどんなアルバイトをしていたかというと、ある企業の事務作業。今回訪れたのはそんな時期に出会った喫茶店。

大手町ビル地下2階にある喫茶室サンマリ。私はサンマリの看板に惚れてしまっている。初めてこの看板を目にしたとき、オリジナルのフォントに昭和のテレビ番組の手書きテロップを思い出して心を鷲掴みにされた。店先に引かれている黒い遮光カーテンもまた看板をドレスアップさせる。品よく、モダン。そんな素敵な老若男女もきっとこの店にたくさん足を運んだのだろう。ひと目惚れの看板とカーテンから薄く見えるようで見渡せない、未知の空間に初めて足を踏み入れたときは、いつもと違うなんだか背伸びをしているような緊張感があったのも覚えている。

今日も初めて来たときに注文したホットサンドコンビーフとカフェ・オーレを頼む。具だくさんのサンドとサラダとフルーツ。シンプルに頼んだものだけが運ばれてくることも好きだけど、思いがけないサラダやフルーツが一緒に運ばれてくるのは、アイスの棒に“あたり”が書いてあるのと同じ気分で嬉しくなるもの。そしてカフェオレも生クリームが別添えで運ばれてくる。私は、ふだん生クリームがあまり得意ではない。でもサンマリに初めてきたときから、ここの生クリームは全部入れてしまえーとなぜか気前がいい気分になり、いつも全投入することにしている

当時のアルバイト先は京橋だった。銀行や郵便局のおつかいに出され、京橋から銀座、東京駅近辺を歩き回るようになり、おつかいに出たままお昼の休憩をとってくることもあった。ビジネス街に点在するサラリーマンの憩いの場になるような渋い喫茶店をいつも探し回っていたところ、サンマリに出会った。喫茶店で過ごすお昼休み、ついバイト中であることを忘れて読書や考え事に没頭し、あやうく楽しい気分のまま店を出て帰宅しそうになる気持ちを抑え、渋々午後の業務へと戻っていく。そして喫茶店でゆるんだ気持ちを抱えたままの業務は睡魔との戦いなのであった。

今日はグリーンのサマーニットにデニムと、アルバイトをしていたときを思い出した格好。まだまだ学生気分が抜けていなかった当時の私は会社のオフィスにこんな派手な色の服やキャラクターのTシャツにデニムでよく通っていた(すごく寛大な会社だと思う)。グレイッシュなオフィスに浮かんでいるお気楽なカラーの私。ちなみに今日のサンマリでも、憩いの時間を過ごすサラリーマンたちの中でちょっと浮いていた。

サンマリは昔、大手町ビルに入っている企業にコーヒーの出前も行っていたらしい。私も会議室にお茶やコーヒーを運んだ経験はある。しかし、コーヒーの出前はもちろん経験がない。喫茶店でアルバイト、そして企業にコーヒーの出前。私の後悔の念は憧れと羨ましさでさらに膨れ上がっていく一方だ。きっとこれからも素敵な喫茶店や喫茶店の思い出話に出会うたびにこの思いは大きくなるのだろう。私が全てを投げ出して喫茶店でアルバイトを始めたらあのときのあの気持ちが破裂してしまったのだなと誰かに思い出して欲しい。

サンマリ
住所:東京都文京区本郷6-18-11
TEL:03-3213-6841
営業時間:[月~金]7:00~19:00
定休日:土日祝

クリエイターの紹介

小谷実由

モデル

1991年、東京生まれ。ファッション誌やカタログ、広告でモデルとして活躍。趣味は純喫茶巡り。「#喫茶部」として、オリジナルグッズを制作するなど、多くの人に喫茶店の魅力を伝える普及活動にも力を入れている。
https://www.instagram.com/omiyuno

島田大介

映像ディレクター

film maker / photographer / Qotori film Inc. 代表。数々のミュージッククリップ・コマーシャルフィルムを演出。小松菜奈主演の短編映画「ただいま。」監督。ダンサー森山開次氏の展覧会、ブランド”mame”毎日ファッション大賞のランウェイなど数々の映像演出を手がける。
http://qotori.tumblr.com

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