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どうしたいか解らない病の処方箋

第三回 No浴衣、No水着、Noフェス、No恋愛、でも良い夏だった

2016.09.23

文/菊地 成孔

絵/瓜生 太郎

私の知る限り、現在の浴衣と帽子の着用率は、歴史的にピークだった大正時代の着用率を超えています。私は20歳が1983年という、絵に描いたようなバブル世代ですが、青少年だった私の夏には、信じがたいことに、花火大会でさえ、浴衣はやや浮いていたものです(ただ、水着は狂い咲いていましたが)。それから、ちょっと気が緩んで、30代になった日には、「90年代/渋谷系」という、今、ちょうど、日本人が最も取り戻したい、ハイブラウでソフトでおしゃれな季節がやってきて、浴衣どころか、水着さえ、みんな持ってるのかしら? そりゃあ持っていたに決まっていたでしょうが、いつ着たのかしら? 街には○ニエス○、○ント・ジェーム○等々の、ジェンダレス(デンジャラスではありませんよ。失礼)なボーダーやネルシャツにデニム、スニーカーという国民服が溢れ、ジェンダレスを第一義とするそれは、ジェンダリック・ウエアの極北である、浴衣や水着を絶滅させてしまうのではないか? (どうしようもなく制度的にジェンダリックなウエアである、高校の制服に特別な興味がある者などは、準犯罪者である。ぐらいの勢いで)彼らは、自分たちの肉体に性差というものがある事を、太陽の下で明確にしてしまうぐらいなら青春やめます、といった気概でもって、浴衣と水着の株価を抑えつけていたように思います(「帽子の話が止まってるぞ」という御仁も多かろうと思いますが、文脈が違うので別の機会に)。

さて時代は流れ、プリクラという革命運動から自撮り、インスタグラムという政権奪取、ナルシシズムの最終段階(プリクラの現在も凄まじいですけどね)に到達、というより、ナルシシズムが「隠す」傾向から「開く」傾向に、ガバガバに開き切った時代になり、道行く女性にテレビクルーが「今年、何回、浴衣や水着を着ましたか?」と問うならば、回答の平均値は「異常気象や気候の変動によって、着る機会がちょっと減った」といいながらも、スマホの中にある浴衣ベストショットを見せる、的なことになるでしょう。

私は過去10年以上、00年代いっぱい、歌舞伎町に住んでいたことがあり、夏ともなれば、「今、大正時代ですか? 毎日が花火大会?」というほど、浴衣の男女で埋め尽くされた通りを歩いたものです。いうまでもなく、ホスト諸氏、もしくはキャバクラ諸嬢が、半ば強制的に、業界の流れに沿って着用していたものです。ところが、彼ら、彼女らは、顧客に合わせた店の冷房がキツすぎ、テーブルから離れて良い時間は、唇を青くし、集団で店の前に身を寄せて並び、キャッチに勤しむ態で、自然の暖をとっていました(というか、これが浴衣の本懐なんですけどね)。

私個人の推測では、現在の浴衣の定着には、この時期の彼ら、彼女ら、そして、主に少女漫画がアニメになった作品の中で価値が黄金化した(「その理由」は推測できないのですが。ジャパンクールかな?)、「浴衣姿にドキ&キュン」という、一見全く別ラインに見えて、実のところ、同一ラインである、二つの力の挟殺力(まあ、どっちもコスプレですよね)が働いていると思わざるをえないのですが、「コスプレとナルシシズムの関係」なんて社会学めいた話は無粋として、以下、私が、友人の女性(20代後半)から聞いたセリフです。

「そういえば今年は、水着も浴衣も一回も着なかったなあ。恋愛もしなかったし、でも、すごく充実した良い夏だったんですよ」

その人、どんな人? ミュージシャンであります。ただ、彼女は、音楽一筋、女子会もしないし、男友達は全員楽器のプレーヤー、といった、ガチガチのバンド少女などではありません。良い調子で女性であることを楽しんでいる、普通に魅力的な女の子です。ただ今年、偶然に、彼女はすべての機会を逸し、気がつけば夏が終わっていたのでした。「充実していた」というのは、もちろん音楽活動でしょうが(私は彼女らのプロデューサーです)、その言葉には、悔し紛れの嘘や自分をごまかすためのやせ我慢(これを心理学では「合理化」と言います)は全く感じませんでした。

どっちが多いんだろう? こういう女の子と、あういう女の子と。そもそも両者の数を知る必要なんて、無いのかしらん? 53歳の中年男性、職業音楽プロデューサーは、ネットもやらずにガラケーを握りしめているうちに、世の中のことが、よく見えるような、全くわからなくなってしまったような宙吊りの気分です。ただ、浴衣と帽子が大正時代の浅草を思わせるほど売れに売れまくっていることだけは間違い無いんですけどね。それより、本当にまた来るのかなあ90年代。こんな、自撮りとインスタグラムの、露出狂なナルシス大開放のお時代に、あんな社イネスな文化が。「90年代のコスプレ」に変換すれば可能なんでしょうかね?

クリエイターの紹介

菊地 成孔

音楽家/文筆家

1963年生まれの音楽家/文筆家/大学講師。音楽家としてはソングライティング/アレンジ/バンドリーダー/プロデュースをこなすサキソフォン奏者/シンガー/キーボーディスト/ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。
http://www.kikuchinaruyoshi.net/

瓜生 太郎

イラストレーター

東京都在住。ファッションをテーマに女性を描くことを得意とし、シンボルマークのような図形的描写とシンプルな色使いが特徴。主な仕事に、銀座三越ウインドウディスプレイや表参道ヒルズシーズンヴィジュアルなどがある。
http://tarouryu.com/

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