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どうしたいか解らない病の処方箋

第9回 SNSを捨ててみればいい (an as yet untested medicine)

2017.03.31

文/菊地 成孔

絵/瓜生 太郎

ワタシはSNSを一切やっていない。というと、「私はインターネットを一切やっていない」と意訳されることが多い。そんなもん無理に決まってるじゃないか。ワタシは出来もしないことを実行し始めてしまう、正義感と高い意識に支えられた高邁な人々、つまり英雄気取りのバカではない。電気は一切使わないとか、テレビは一生見ないとか、インターネットと無関係に生きるとか、放射能を逃れて遠い場所に移住し、そこで一生暮らす。とかいう人々は、世代を超えていくらもいたが、悪い意味でバカだとしか言いようがない。「悪い意味でバカ」というのは、我ながらかなりシンプルで強烈な物言いである。

ウッディ・アレンは『ミッドナイト・イン・パリ』で、<自分の生きている時代は最悪だ。過去には黄金時代があった。ああ、その時代を生きられれば>という、<悪い意味でバカ>とまではとても言えないが<かわいい善良なバカ>ぐらいのロマンティークの人々の病症を、優しい語り口調で粉々に打ち砕いた。何せ、30年台に戻ると、当時の、綺羅星の如き文化人や芸術家がこぞって「今なんかほんと最悪だ。ああ、10年代に戻れたらなあ」と言うのである。そして、10年代に戻ってみると、同じことが起こる。

インターネットを一切やらないのは、大変残念ながらもう無理だ。空気を吸っている限りインターネットが関わってくる。それが大げさだと言うなら、これはどうだ? 「コンビニで水を買って飲む限り」。ネットがないと無理だ。おそらく鉱山で採水している過程にネットが関与している。水に関わっているのだから、空気に関わるのは時間の問題だろう。ワタシは東京オリンピックの前年に生まれ、二十歳になった時がバブル経済真っ最中、という環境のせいか、一種の躁病で、立派でおおらかな人格、といった褒められた理由とは全く違う意味で、つまり症状として楽天的なので、「悪いことなど起こらない」と心の奥底で信じているという、我ながら恐ろしい病気に冒されている。そんな私でさえ、ディストピアは夢想できる。それは、PCやスマホから食べ物が出てくることだ(最初は、宇宙食みたいなものだと思うが)。

『2001年宇宙の旅』の有名な冒頭の、「猿が最初に掴んだ骨⇨宇宙船」にある通りで、すんげえ簡単に言うと、テクノロジーはみんな悪い。どれも全部、地球に悪いし、人間に悪い。古い順に毒性が下がるだけで、弓矢だって悪いし、自動車だって悪いし、ラジオだって悪いし、テレビだって悪い。悪いことは大変に魅力的だし、極端に、というかフロイドで言えば、人は半分は死にたいと思って生きる生き物だから、悪にガチンコで潔癖な奴こそ最悪である。

ただ、ワタシは「毒を食らわば皿まで」と言った格言が嫌いだ。格言ではないが「何でもあり」という言葉も大嫌いだ。誰か、5分間でも、そんな状態に陥ったことが本当にあるのか? 

「どのドラッグを自分の力で我慢できたか? (止められたか? でも良い。「できなくなってしまった」は無効)」だけが、人類に残された最後のストイシズムであり、通過儀礼であるように社会が向いているのはご存知の通りだ。ワタシはインターネットは最小限に活用するけれども、SNSは一切やらない。ディスりではないので平然と書くが、アマゾンでは画鋲一個買わない。SNSを企業成長の有効手段にしているからだ。

テイラー・スイフトは「アメリカで最後の<CDの売り上げ>でトップを奪ったアーティスト」と讃えられるが、ゴシップ(一般語ではなく、固有名詞=雑誌の名前)好きならば誰でも知っている。テイラーは確かに古いメディアであるCDをきちんと売り、音楽の無料化にアゲインストした偉大で長身の女性だが、Twitterを大活用しているので、つまり、彼女が証明したのは、有料物を売るには無料物の力を借りなければならない、という二枚舌みたいなものだ。

ワタシは、SNSを一切やらない。最初からそんなにやっていた訳ではないが、そもそもワタシが物書きになったのは、ちょうど30年前、ホームページの中のブログコンテンツ(「掲示板」のフォームを使っていた)に好き勝手書いていたのを編集者が目をつけたからで、ネットにはそこそこの恩があるし、センスもあると思う。インスタグラムなんて始めたら、そこそこ上手くやる自信さえある。

しかしSNSというものは、まあ、普通に考えて、止められるものなら止めたほうが良いが、止められない。と誰もが少しは思っているメディアだろう。タバコみたいなものだ。「SNS最高!! 役に立つし、精神衛生にも良いし、出会いもあるし、何せ誰だって世界に向けて発信できる!!! 人類の世界像を一変させた偉大なメディアだ!!」と、心の底から思っている者がいたら、精神科に行くべきだろうが、おそらくそんな者はいない。タバコが喉頭・咽頭ガンの病因になり得るように、SNSは鬱病やパニック発作や病的な苛立ちの病因になりうる。誰もがそれを知っている。ただ、依存度はタバコやアルコールよりも数百倍高いのではないかと思う。「禁煙」「休肝日」といった言葉があるが、そうだな、3年後ぐらいだろうか、スマホ屋がスマホのTVCMで「スマホを持たずに出かけよう」というコピーを書く日が来るので、それを待っている。特に楽しみにではなく。

PC、ガラケー、テレビ(地上波)、ちょっとのインターネット、コンビニで買える雑誌。あと街があれば、これで充分だ。要するに「やってなくても全然大丈夫ですよ。ぜんぜん強がりとかじゃないっス」ということなのだが、「お前、ぜんぜん大丈夫じゃねえよ旧世代のおっさん」と全ての人々にジャッジされ、音楽家としても物書きとしても食いあげたら、この連載で土下座して、スマホやSNSを褒め讃え、大いに利用する事を約束する。アーミッシュみたいな組織にしようかな。「SNSを止めて暮らしましょう」。色々な宣伝法が考えられるが、一番有効なのは、間違いなくSNSで発信する、というものだ。誰でもユダになれる。

クリエイターの紹介

菊地 成孔

音楽家/文筆家

1963年生まれの音楽家/文筆家/大学講師。音楽家としてはソングライティング/アレンジ/バンドリーダー/プロデュースをこなすサキソフォン奏者/シンガー/キーボーディスト/ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。
http://www.kikuchinaruyoshi.net/

瓜生 太郎

イラストレーター

東京都在住。ファッションをテーマに女性を描くことを得意とし、シンボルマークのような図形的描写とシンプルな色使いが特徴。主な仕事に、銀座三越ウインドウディスプレイや表参道ヒルズシーズンヴィジュアルなどがある。
http://tarouryu.com/

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