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今月の詩

G君の家

2019.07.01

詩/草野 理恵子

G君が小さな家を作って
夏休みの宿題の提出をした
G君が小さな頃住んでいた家

屋根を取って中の部屋をのぞいてみる
昔行った〈錯覚の家〉を思い出す
小さな部屋の中にどこまでも続く螺旋階段
斜めに感じる床の向こう側 
いくつものドアが見える

ところでG君がこのクラスの子だって
みんな初めて知った
――G君って知ってる?
――G君っていた気もするけど……
――夏休みの前にどこに座っていたっけ?

白と黒のタイルに 白と黒のタイル
白と黒のタイルに 白とグレーのタイル
白と白と白と白のタイルに……

私は寝かされ上を見上げる
G君がとってもとっても大きく
大きなG君の指が私に服を着せて
そのスナップも大きくて
G君がスナップをはめる時
私の胸は強く押され苦しく顔が赤らんだ

私の家はG君の家
G君が作ったあのへんてこな家

選評/高橋源一郎

夏休みの宿題の件

 小学生の頃、わたしが夏休みの宿題にとりかかるのは、8月31日だった。夏休み最後の日である。ドリルなんか1頁もやってない。絵日記も1日も描いてない。泣きながら、あれやこれや少しずつやっていた。どうせどれも完成しないのだから、翌日登校したときの言い訳のためである。しかし、工作だけは完成させた。毎年、「水族館」を作っていたのだ。画用紙で切り抜いて魚を作り、箱の中に糸で吊るし、側面に水色や赤のセロファンを貼る。それだけ。まあ、2時間もあればできあがるのである。魚だって、マグロやタイやエイと異なった種類のものを作るのが面倒くさいので、全部、単なる「魚」だった。これが、わたし(源一郎君=G君)の作った「家」だ。
 そういうわけで、わたしは、ものすごく個人的に懐かしく読んだのだが、このG君は、いったい誰だろう? わたしではないことだけは間違いない。わたしが単なる小学生で、わたしが作ったのは、なんの芸もない「家」、ただの水族館だったのだ。
 しかし、G君は違う。G君の作った「家」にもただならぬ気配がある。しかし、そのことを感じる「私」もすごい。そんな詩を読んで「面白い!」と思ったら、あなたもすごい。

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