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今月の詩

結婚試着

2019.06.04

詩/江田つばき

駅ビルで白いベールをかぶって立っている
この状況にふっと意識がゆるみ
息を吐いたらくちびるにベールが貼りついた
(役目を果たしている)

これは結婚式なのかもしれない

自分のプライベート空間に思えたり
店員の呼び込みと
遠くの電車の振動が羞恥心を呼び戻したり
カーテンで仕切られた箱の中はいつも
小さな期待感が波打っていた

ゆっくりとセーターをかぶり滑らせ
肩に積もるぬくもりに身体を通し
かすんだシルエットを鏡に映す

まるで生まれ変わったような気分で

試着をくりかえすたび
その服にマーキングをしているイメージ
自分に似合うものは
あてがうだけでなく
身体を通さないと分からない
そのまま外に出てみたい
この駅ビルを歩くすべての女子を
足して割って
平均のその子に似合うまぼろしの服

自らの手でベールをはずすと
結婚式は終わったかのように思えた
髪は乱れ汗をかき
やわらかいセーターのラインが
ふくらんだ肩をおおい歪んでいるのを
しっかりと自分の目に映した

形式上
お披露目をするようにくるっと一周まわり
また脱ぐためにベールをかぶる
口紅の跡にくちびるを重ねて

選評/文月悠光

「フェイスカバーだけお願いします」の声と共にカーテンは閉じられる。試着室に置かれた小箱から白いベールをひゅっと取り出す。なるほど。フェイスカバーは美しい。ベールのような透け具合もそうだし、洋服と自分の身体(意識するのはやはり唇)を守ってくれる機能そのものが、試着を大事なひとときとして演出してくれる。誓いのキスみたいにやさしく、でも確実に。試着。それは〈身体を通さないと分からない〉愛を確かめる儀式。新たな服を選ぶことは、新しい自分と出会うこと。自分の意志で挙げられる、自分だけが知る結婚。〈生まれ変わったような気分〉と、〈平均のその子に似合うまぼろしの服〉を求める心の間を揺れながら、ベール越しのかすんだシルエットに目を凝らしてみる。そんな高揚と緊張が丁寧に刻まれている一篇です。

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