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今月の詩

ビオトープ

2017.08.04

詩/草間小鳥子

夜をわたるように降りおえた雨のなごりは
ふるえながらひさしにつらなり
だんだんに明るんできた庭の
枯れ木は音をあげずに冴えてはいたが
蛇口は未だ眠っている
しずけさとも呼ばれる旋律をまとい
そこにいることが
ふと、わかった

舞い降りるようにあらわれていた
ゆきかうおわりとはじまりが
稀に、ひたり、と気をゆるめる
ほんの一瞬のすきをついて

うすがけをはねのけ、おどり出る
刈ったばかりの芝が
はだしの足にちくちくとさわぎ
けれどすぐ
水を打ったようにしんと凪いだ
ゆびさき、あしさき、頭のてっぺん
あまねく末端から発芽するようにほどけ
わたしはきっといま
あるはずのない気流
会いにゆくよ
あの坂道をおりてくる
まあたらしい陽ざしにふれたならば
たちまちに昇華してしまうから

忘れえぬ悔しさをかきわけ
晴れた朝のため息
くたびれた夜の曖昧な相づち
二度と目覚めるまいと眠りにつきながら
にぎやかなひかりにうすがけを剥がされ
ついほほえんでしまうこのごろ
おぼろげになってゆく輪郭——

すました耳が声に触れ
触れたそばからこぼれてしまった

陽射しに濡れた庭
刈ったばかりの芝が
はだしの足にちくちくとさわぐ
明けきった空をあおげば
枯れ木のてっぺんからほとばしる新芽

——もういいんだ

かすかにそよぎ
気づけばうすがけは風化していた
芽を吹いたからには
枯れ木と呼ぶのはよして
寝呆けた蛇口から水をくみ根方にそそぐ
芽が出たからには
きっと花も咲くだろう
そしてそう遠くないいつか
土に還る

——おはようございます

坂道を駆けおりざま
誰かが朝のあいさつを放っていった
はっとふり向き

——あなたひょっとして、風でしょう?

問いかけてみたところで
ただ
奇跡のように迎えるふたたびの朝が
燦燦といま
はじまってゆくだけ

選評/高橋源一郎

ウィキペディアによれば、「ビオトープ」は生物学の用語で「生物生息空間」を意味する。同じようなことばで「生態系」があるが、「ビオトープ」+「生物群衆」=「生態系」だ。つまり、「ビオトープ」は、ある種の生きものが生きることのできる空間を意味する。さて、この詩の「ビオトープ」に生息している生きものは何なんだろう。人間? そうかもしれない。でも、ぼくは、この空間に生きているのは、「ことば」そのものではないかと感じた。「ことば」しか生きられない空間が存在するのである。

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