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Now, Then!

恋する私の♡日常言語学                 Ordinary Language School【Vol.2】

2019.09.06

文/清田隆之(「桃山商事」代表)

協力/小川知子

イラスト/中村桃子

vol.2 彼氏、彼女、呼び捨て問題……恋愛と「呼び名」の深い関係

「恋愛とことば」をテーマにした連載「恋する私の♡日常言語学─Ordinary Language School」。かつてオックスフォード大学で哲学を学ぶ人々を中心に「日常言語の分析が哲学者の中心課題だとする方法意識」という思考のもとうまれた「Ordinary Language School」(日本大百科全書より)。この思考にヒントを得て、数々の恋愛話を傾聴してきた恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表の清田隆之と、『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)の選者も務め、人から話を聞くことを専門とするライターの小川知子が、「ことば」をめぐる恋愛の諸問題について語り合っていきます。
 意中の人や恋人となんだか上手くコミュニケーションが取れなかったり、すれ違いに悩んでいるあなた! その原因は「ことば」にあるかもしれません!

「所有感や特別感のアピール」に対する苦手意識

清田隆之(以下清田) 今回のテーマは「呼び名」です。恋人やパートナーをどう呼ぶか。誰かに紹介するときはどう言うのか。そういう部分にも実は「ことば」の問題がめちゃくちゃ関係していて、いろんな難しさやおもしろさが潜んでいるよねという話をしてみたいなと。

小川知子(以下小川) 呼び名には相手との距離感や関係性が反映されるから、みんな意識せずともことばの選択や使い分けをしていると思う。例えば最初は「さん」づけだったのが、恋人同士になってから呼び捨てや愛称に変わる、みたいなことは多くの人が経験しているはずで。そんななか恥ずかしさもあって、違和感や戸惑いを抱くシーンも結構あると思うんだけど、そもそも清田くん自身、「彼氏」や「彼女」ということばに苦手意識があるんだよね。

清田 そうなのよ。恋人のことを第三者に「彼女です」と紹介したことはほとんどないし、「彼氏」と呼ばれることにも居心地の悪さを感じる。昔、恋人の友達から「彼氏さん」と呼ばれたときは内心「気持ち悪いからやめてくれ〜」って思いでいっぱいだった(笑)。

小川 じゃあなんて呼ぶのかっていうと、清田くんは「お付き合いしてる○○さん」って言うんだよね。私はそれすごくいいなと思ったけど、そもそもどうして「彼女」や「彼氏」ってことばが苦手なの?

清田 言外に「(俺の)彼女」「(私の)彼氏」ってニュアンスが含まれているような感じがしていて、そういう“所有感”や“特別感”のアピールみたいなものが昔からものすごく苦手というか……。例えば「親友」ってことばにも同様の気持ち悪さを感じるので、恋愛の文脈だけに限った話ではないんだけど。

小川 なるほど。手前に「my」が含まれている感じのことばが苦手ってわけだね。

清田 その感覚を延長させていくと、例えば妻や恋人のことを「お前」なんて絶対に呼べないし、下の名前を呼び捨てにするのも全然できない。ついでに言えば、「嫁」も「主人」も「相方」も、比較的フラットな「パートナー」ということばにすら苦手意識が正直ある。

小川 私も清田くんほどじゃないけど、彼氏ってことばにはちょっと恥ずかしさを感じる。名前自体も、最初は敬称付きだったけど、どこかのタイミングでそれが消え去っていたりすることもあるよね。

清田 俺も昔、普段は「清田くん」呼びだった恋人から、手紙の中で突然「隆之」って呼ばれたことがあって、そのとき鳥肌が立つような、逃げ出したくなるような感覚になったのを超覚えてる。この苦手意識の正体は一体なんなんだろう……。

距離感と呼び名のズレは肌感覚でわかる

小川 清田くんは逃げ出したくなったみたいだけど、個人的には呼び名の使い分けとか、それらが変化する瞬間にとても興味がある。例えば私たちが大好きなジブリ映画『耳をすませば』の(天沢)聖司くんが、主人公の「雫(しずく)」のことを呼び捨てするのが早すぎる問題みたいなのもある。「好きだ」の前に「しずく」。教室では「月島いる?」って言うのに、屋上で「しずく」って呼ぶシーンに「きゃー」ってなる人もいると思うけど、個人的には「おやおや?」って、ほんのり違和感もあった。

清田 俺はあのシーン、まんまと「きゃー」ってなりました。呼び捨て文化は苦手なはずなのに……(笑)。

小川 あのシーンには「ちょっと飛び越えてきたな感」みたいなものがあったと思うのよ。もちろんそこにドキドキすることもあるんだけど、下手をすれば「急に距離をつめすぎでは?」となってしまう可能性もある。

清田 あ〜、なるほど。はっきりと言語化はされていないけど、「私たちはこういう関係性でこのくらいの距離感だよね」っていう感覚がまずあって、それに呼び名がフィットしていればなんの違和感もないと思うんだけど、例えばまだちょっと距離感があって、敬称をつけて呼び合うくらいがちょうどいいかなってときに、いきなり呼び捨てにされちゃうと違和感が生じるってことだよね。

小川 そうそう。

清田 それを否定的に受け取るか肯定的に受け取るかはケースバイケースだけど、関係性や距離感と呼び名とのズレは肌感覚で検知される。

小川 学生時代に、お気に入りの女子だけ下の名前で呼ぶ男の先生がいて、私はすごく気持ち悪く感じた。そうやって距離をつめるため、あるいは関係性をアピールするために呼び名を使い分けるってこと自体はよくあることだと思う。

清田 逆に「近しいはずなのにまだそんな堅い呼び方なの?」って違和感もあるよね。それと、シーンと呼び名がフィットしないって場合もあるかもしれない。20代のときに付き合っていた人は俺のことを名字で呼んでいたけど、セックスのときも「清田」って言ってて、それがなんかおもしろかったのよ。スイートなムードに名字の呼び捨ては合わないのかも(笑)。 

小川 うん。関係においての距離感は常に一定ではないけど、呼び名が途中で変わることは誰だって戸惑うものだしね。英語はファーストネームで呼び合う文化だから、呼び方が急に変わることがないのは楽だよね。それに、愛称のバリエーションがいろいろあって、「baby、babe」とか「darling」とか「sweetie」とか「honey」とか、夫婦や恋人同士じゃなくても結構気軽に使い分けている気がする。

清田 桃山商事の著書『二軍男子が恋バナはじめました。』(原書房)でも呼び名の問題を取り上げたことがあるんだけど、そこでメンバーの森田が紹介していた『ことばと文化』(鈴木孝夫著/岩波新書)という本の中に、呼び名には役割を期待したり、確認したりする機能があるという話が出ていた。例えば子どものいる夫婦で、夫が妻を「ママ」と呼んだりするけど、それは妻に母親としての役割を期待しているからなんだって。呼び名っていちいち頭で考えた上で選択しているわけじゃないけど、感覚や無意識が反映されると思うと、ちょっと恐ろしくもあるな……。

SNSではジェンダーレスな新しい呼び名も

小川 そういう風に考えていくと、呼び名には「ジェンダー(社会的性差)」も深く関係していることが見えてくる。これはよく言われることだけど、例えば「奥さん」「嫁」「主人」「旦那」などはすべて結婚における男女の主従関係を意味することばで、たとえそういう意味で使っていないとしても、呼び名そのものに女性差別が内包されている。

清田 「嫁」なんて漢字を分解すると“家の女”だもんね。まるで付属物のようなニュアンスで、改めて考えると恐ろしいことばだよ。その点、「妻」や「夫」は単純に機能を表しているだけのフラットなことばなんだけど……。

小川 私たちのように文章を書く仕事をしている人間からすると、ちょっと使いづらいのが難点で。ことばとして浸透しているから、「奥さん元気?」とか「○○ちゃんの旦那さん」とかは言いやすいんだけど、「あなたの妻は元気?」とかってどこか違和感あるし、「○○さんのパートナー」って言い方も確かにあるけど、それはそれで別の意味で受け取られてしまう可能性があるというか。だから書きことばのときは妥協案として、主従関係のニュアンスを消す意味で「おくさん」とか「だんなさん」とひらがなで表現する方法もあるよね。

清田 ドラマ『カルテット』では「夫さん」ということばがしきりに連呼されていたけど、脚本の坂元裕二さんは呼び名とジェンダーの問題をめちゃくちゃ意識してるよね。

小川 もっと言えば性別は男女の二元論で語れるものではなくて、例えば最近読んだ『世界の半分、女子アクティビストになる』(ケイリン・リッチ著、寺西のぶ子訳/晶文社)という本には、ジェンダーやセクシュアリティの多様なアイデンティティーが紹介されている。その観点から見ると、「彼氏」や「彼女」って呼び名はものすごくざっくりしてるし、使い方によっては、暴力的ですらあるように感じられてくる。

清田 なるほど。「男」や「女」であることを決めつけ、押しつけることばでもあるもんね……。もしかしたら俺の苦手意識の正体は、これらの呼び名が内包する役割期待やジェンダーの押しつけに対する拒否感なのかもしれない。一般的に言われるところの“男性の役割”を求められるのがすごく怖いし、相手に“女性の役割”を押しつけることにも抵抗感がある。

小川 ここ数年、SNSで「bae(ベイ)」ってことばがかなり目に入ってくるようになって。これはアフリカ系アメリカ人のスラングが広まったもので、「baby」や「babe」の略とも、「before anyone else(=誰よりも先に)」の略とも言われているんだけど、友達にも使えるし、クィア(=いわゆる「ストレート」でない性的志向の人を指すことば)の人もよく使っている印象がある。使われすぎているからか毛嫌いしている人も多いみたいだけど、とてもジェンダーレスな呼び名ではあるよね。

清田 個人的には「before anyone else」ってニュアンスが恥ずかしくはあるけど、確かに素晴らしいことばだね。俺、昔付き合ってた人を「社長」とか「先生」とか「将軍」とかって呼んでたことがあったんだけど、あるとき「前から思ってたんだけど、なんなのその呼び方?」ってめっちゃ怒られたのよ。今考えるとジェンダーや役割期待を自分なりに排除したかったのかなとも思うけど、完全に血迷っておりました……。

小川 目的はジェンダーレスだとしても、言葉のチョイスはものすごくホモソーシャルっぽいものを感じてしまうな。恥ずかしさをノリでごまかすというか、笑いに逃げて感情と向き合わないところとか。

清田 ほんとそうだよね……反省(涙)。呼び名に着目してみると案外いろんなことが見えてくるよ、ということで、次回もよろしくお願いします!

クリエイターの紹介

清田隆之

文筆家

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。
1980年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(イースト・プレス)、『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)など。

イラスト/オザキエミ
https://twitter.com/momoyama_radio

小川知子

ライター

1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
https://twitter.com/tometomato

中村桃子

イラストレーター

1991年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ヴィジュアルデザイン科卒業。グラフィックデザイン事務所を経てイラストレーターにとして活動。装画、雑誌、音楽、アパレルブランドのテキスタイルなど。作品集に『HEAVEN』がBOある。
https://www.instagram.com/nakamuramomoko_ill/

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