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Now, Then!

神話と植物の物語-南イタリア紀行-Vol.2 前編

2019.04.05

文・写真/乾 ゆうこ

イタリアは地図で見るとブーツ、長靴のような形に見えますが、そのブーツの細いヒールの部分、サレント半島を訪れましょう。
サレント半島を含むプーリア州はオリーヴ畑が広がり、オリーヴ製品の生産量はイタリア最大です。列車は、延々と広がるオリーヴ畑、ときには樹齢何百年もあるような木々の畑を、いくつも抜けていきます。

走る電車の窓から

ところで、イタリア料理に欠かせない、というよりは地中海一帯の料理に欠かせない、と言えるのがオリーヴオイルです。オイルはオリーヴの実を搾って採りますが、このオリーヴにももちろん神話があります。

聖書にはさまざまな植物が登場します。そしてオリーヴは、とても重要な場面で出てきます。
それは、大洪水のときの箱舟の話。
嵐が過ぎて何日もたって、箱舟に乗ったノアが鳩を放つと、その鳩がオリーヴの小枝をくわえて戻ります。それで「陸地がある!」とわかり、みなで喜びあって上陸できたという話です。

ギリシア神話ではこの木は、叡智と芸術の女神アテーナーに捧げられています。かつてアテーナーと海神ポセイドーンがある土地をめぐって争ったとき、神々の神であるゼウスは「人々に役に立つものを贈ったほうにその土地を」としました。ポセイドーンが大地を鉾でつくと、塩水が湧き出しました(馬が生まれ出た、とするお話もありますが)。 

そして一方のアテーナーは、人々にオリーヴの木をプレゼントしました。人々はこの有益な木を喜んで、アテーナーを守護神として選びます。丘の上にはアテーナーの神殿が建てられました(そして、その土地がアテーナー、現在のギリシアの首都アテネです)。

さて、延々と続くオリーヴ畑を抜けて、ブーツのかかとに位置するレッチェ(Lecce)に到着します。白い建物の並ぶ美しい街です。
ここは、紀元前12世紀からの長い歴史をもつ、堂々たる都市。紀元前3世紀頃には、古代ローマ帝国下となりました。その後も他の都市と同様、さまざまな権力の支配を受け入れてきました。
現存する華やかな彫刻のある建築は、時代がくだって16~17世紀頃につくられたものです。レッチェ石と呼ばれる柔らかな石灰石が使われていて、これでもか!というほどの、細かい彫刻を可能にしています。

最古の城門、ルーディエ門。街の守護聖人聖オロンツォが今も上から見守っています。
レッチェの街をつくったイドメネオ王とエウイッパ姫の姿も
こちらは修復中のため、外側に写真の幕がかけられていました

ギリシア神話では人が樹木に変容してしまうけれど、レッチェ石の彫刻たちも身をくねらせて表情豊か、不思議な生命が宿っているみたいです。人と一緒に植物や動物も彫られていて、みんなひとつの世界に繋がりあっているようにもみえます。それは、古の人たちの世界観であるのかもしれません。

樫の樹と狼はレッチェのシンボル、街のあちこちで出会います

人も植物も動物も繋がりあっている世界。
そう思うと、植物に変身してしまうのも、そんなに不思議なことではないのかも? なんて思えてくるような……
植物に変身するお話のなかでも特に有名で、絵画や彫刻でたくさんの美しい作品がつくられているものは、「アポローンとダプネー」の話でしょう。
ゲッケイジュです。

あるとき恋の使者エロースはパルナッソスの山の頂から、恋する黄金の矢をアポローンに、恋を拒絶する鉛の矢をダプネーに、同時に放ちました。
アポローンは神々の神ゼウスの息子で、音楽や医術、あらゆることに長けた美しい太陽神です。ところがダプネーは、その美しい神の愛を拒絶します。拒絶されるとさらに追いかけてしまうのが、恋の怖いところ。ギリシアの神様たちはじつに人間的というのでしょうか、アポローンといえども恋する心に振り回されてしまうのですね。追われれば追われるほど、ダプネーは逃げに逃げ、ついには自分の父である河の神ペーネイオスに助けを乞いました。
すると、美しい娘の姿は枝に葉の生い茂る、ゲッケイジュの木に変わっていったのでした。

こんな姿に整えられたゲッケイジュもありました

(つづきは後編で)

クリエイターの紹介

乾 ゆうこ

ライター

ホリスティックハーバルセラピスト。大学時代に花椿編集室に在籍し、「ザ・ギンザ・アートスペース」(当時の名称)キュレーターを経て、ライター・エディターとして活動。故・三宅菊子氏のもと『フィガロ・ジャポン』『家庭画報』などでアート・映画・カルチャーを中心に担当。出産を機に伝統療法や自然療法を学び、植物の力に圧倒される。「北イタリア植物紀行(全4回)」「アイルランドから〜ケルト植物紀行」(ともに『クレアボー』フレグランス・ジャーナル社)など執筆。生活の木(表参道校)では不定期にクラスを開催している。

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