東京喫茶部「珈琲専門店 エース」
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Now, What!

東京喫茶部「珈琲専門店 エース」

2017.08.04

文/小谷 実由

写真/島田 大介

喫茶店に行ったことがない方、喫茶店の入口ってどんなオーラを発していますか。今回はそんな”喫茶店にまだ入ったことがない”ときの記憶が強い一軒、神田に店を構える珈琲専門店 エースのお話。

初めてエースを訪れてから2年が経った。朱色と白のソファのコントラストはいつもこの空間に私をグッと引き込んでいく魔法のような力がある。この魔法、今日は訪れる前から効いていて、今朝無意識に手に取ったのは、なかなか挑戦できずに家で眺めてばかりいたTOGAの鮮やかな朱色のブラウスだった。喫茶店と身も心も一体化したいという願望がある私、一体化とはまさにこのこと。

お店の入口にもある手書きのメニューたちは、店内にも所狭しと飾られている。これらは全てマスターのフリーハンド。創業当初から時代の流れに合わせて重ね書きされていく文字の厚みに時間の経過を感じる。もちろんキャメルの絵もフリーハンド。文字や絵の職人なのかも?と思い伺ったところ、「そんなもんじゃないよ、意外とやればできちゃうもんだよ」なんてマスターはさらっと言っていた。でもその顔は少し誇らしげ。可愛らしい人だなぁと思う。

そして、看板メニューのりトーストのご登場。ローストビーフサンドイッチのかわいいメニューに目を奪われながらも、結局はのりトーストを頼んでしまう。バターと醤油とのりの黄金比、本当ならばご飯ください! なんて口走ってしまいそうなところをパンの甘みがふわっと掬っていく。マスターのお母さんがつくってくれたのり弁のお米の部分をパンに替えたところから誕生したというこのメニュー。そんなエピソードが母性のような安心感を生み出しているのだろう。のりトースト誕生秘話を聞いて、一度家でのりトーストづくりに挑戦したことがある。結果は惨敗、美味しいはずのあの黄金比が全くもって交わらなかった。簡単そうに見えるが熟練の技が隠れているのだろうな、きっとそれは積み重ねてきた時間かもしれない。

高校卒業後、語学の専門学校に進学した私は、いつもこの喫茶店の前を通っていた。そのときはまだ喫茶店のよさを知らないわけで、コンビニで買った紙パックのジュースなんかを片手にこの店を眺めていただけ。のりトーストと書いてある真っ黒な幟、見たことのない名前ばかりの珈琲メニューがずらっと並んだ朱色とクリーム色のストライプの屋根のお店は、グレーの同じようなビルが立ち並ぶオフィス街ではひときわ不思議な存在に見えた。のりトーストについてはどんなものなのかとずっと考えていた。考えてはみるものの、もちろんわからない。のりにはやっぱりご飯でしょ!そんな結論しか出ない18歳の単純な私。一度は入ってみたいなと思いつつも、中にはきっと無口で強面のマスターがいるんだろうなぁ、そもそも中の様子が全く想像できない場所に入ることなんて考えただけで緊張してしまう……そんなことを思って過ごしているうちに卒業を迎えた。のりトーストの正体もわからぬままそんなこともすっかり忘れていた頃、私は喫茶店の魅力に気づく。そして、やっとのことでエースの扉を開けたのだった。

18歳の頃、喫茶店がどんなものかもわからなかった私、初めて入る店にひとりで行く勇気もなかった私、あのとき一歩踏み出していたらまた違った未来が、違った自分があったのかなと思うと、それはそれで面白そうだったなと感じる。そんな気取った思いは置いといて、お昼ご飯はコンビニやファーストフードなんかじゃなく毎日エースに来ていたかった、もったいないなぁ若き私よ、という気持ちでいっぱいである。そのもったいなさを埋めるのは今からでも遅くないでしょうか。

クリエイターの紹介

小谷 実由

モデル

1991年、東京生まれ。ファッション誌やカタログ、広告でモデルとして活躍。趣味は純喫茶巡り。「#喫茶部」として、オリジナルグッズを制作するなど、多くの人に喫茶店の魅力を伝える普及活動にも力を入れている。https://www.instagram.com/omiyuno

島田 大介

映像ディレクター

film maker / photographer / Qotori film Inc. 代表。数々のミュージッククリップ・コマーシャルフィルムを演出。小松菜奈主演の短編映画「ただいま。」監督。ダンサー森山開次氏の展覧会、ブランド”mame”毎日ファッション大賞のランウェイなど数々の映像演出を手がける。http://qotori.tumblr.com

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