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チベット医学のこと

2016.11.24

文/岡澤 浩太郎

小川康さんは、東北大学薬学部を出て薬剤師の免許を取得し、長野にある薬草茶の会社への勤務などを経て、1999年にインド北部の街、ダラムサラにわたった。この街は、かつて中国政府の統治・支配に反発した10万人を超えるチベットの人たちが亡命してきた土地で、その際にチベット仏教をはじめとする彼らの文化や知識が、初めてヒマラヤを越えて持ち出されたのだという。小川さんはこの街にあるチベット医学暦法大学に通い、2009年に正式なチベット医として認められた。現在、日本で唯一のチベット医だ。

その聖典『甘露の精髄なる八支部からなる秘密口伝の聖典』は8世紀に編纂されたというから、少なくともチベット医学はそれより昔からの歴史があるのだろう。人間にはルン(気)、ティーパ(血)、ベーケン(水)の3つのエネルギーがあり、これらのバランスが崩れると病になる、という考え方は、インドの伝統医学・アーユルヴェーダに少し似ている(ちなみにルンは執着、ティーパは怒り、ベーケンは無知によって崩れるとか)。この治療に使われるのが、自然の薬草や鉱物からつくられた薬なのだという。

小川さんの著書『チベット、薬草の旅』(森のくすり出版)には、チベット医学で使われるさまざまな植物にまつわるお話と、薬草にかかわる人々の姿が紹介されている。

例えば、ルクミク(和名=ノギク)の花は「毒と伝染病を取り除く」とされ、おそらくその効能からルクミクと神々にまつわる神話が生まれて普及し、民衆との信頼関係が築かれてきたこと、一方で日本の神話や物語で謳われる植物の効能は、薬学的に認められていないこと。ボンガ・ナクポ(和名=トリカブト)は、もちろん猛毒だが、チベット医学では毒成分を弱めてから鎮痛や利尿などに処方されること、また毒があるとはいえ、まず誰かが口にして効能を確かめたように、薬草と向かい合う姿勢がチベット医学の歴史を築いてきたこと。本書にはこうある。

薬草を対象物として観察し、その薬草に信頼を求めるのが現代の信頼構築法ならば、その薬草に向かい合う人・アムチに信頼を求めるのがチベット医学とはいえないだろうか。

アムチとはチベット医のこと。小川さんの文章を読んでいると、人間の生活が植物と深く結び付いていることだけでなく、人は何を根拠に信頼するのかという、医療という枠組みを超えた広がりを感じてしまうのだ。数字と効率を追い求め、いつしか依存していく、分析的すぎる態度とは、別のあり方。隣にいるあなただから、私は信じるのだ、と思うこと。でも、そんなことは本当に可能なんだろうか。ずっと昔からその答えは、自然や植物とのかかわりのなかに表れている。

小川さんは現在、長野県上田市で「森のくすり塾」を開いている。医薬品やハーブなどを販売するかたわら、講演やワークショップを通じて、山々の森や薬草から学び、「くすり」について知る場を提供しているという。「草を楽しむと書いて『薬』という漢字ができました」という小川さんの言葉には、やわらかいやさしさのなかに、芯の通った、毅然とした態度が表れている。

クリエイターの紹介

岡澤 浩太郎

編集者

雑誌『STUDIO VOICE』編集部などを経てフリーランス。『murmur magazine for men』、林央子『拡張するファッション』、芸術祭のガイドブック、『TRANSIT』などの編集・執筆に携わる。趣味はボルダリング(2級)。

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