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銀座時空散歩

帝国ホテルライト館と遠藤新 その2

2017.01.30

文/寺尾 紗穂

写真/大森 克己

愛知県犬山市、名鉄犬山駅からタクシーで15分もすると「博物館明治村」に着く。ブラジル移民の住宅から夏目漱石の邸宅まで、明治期を中心とした貴重な建築物が移築保存され公開されているテーマパークだ。ここにライト館の顔であった玄関やロビー部分が1985年に移築された。

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北口から入って自然豊かな園内を進んでいくと、右手上方にSL機関車が白煙を吐きながらやってくる。遊園地で走っているような汽車とも、保存され動かないSLとも違い、山の木々の間を見え隠れしながら進んでいく自然な風情のSLは、リアルな汽笛を響かせながら去っていく。まさにタイムスリップしたような不思議な感覚に陥る。遊歩道わきの紅葉は折よく緑から赤へのグラデーションが美しく、道行く人も足を止めている。地元の小学生たちなのか、オリエンテーリングなのか地図を持ちながら回っている。いくつかの建築物が見渡せる開けた場所に着くと、一番はじめに迎えてくれるのがライト館だ。人造湖らしいが、ライト館の先には青く光る湖水が見えて、素晴らしいロケーションだった。

ライト館前で待ち合わせた写真家の大森克己さんと編集のIさんと落ち合う。すでにライト館の写真を撮っていた大森さんはタイルやテラコッタ一つにしても幾通りものモチーフが展開され、角度や切り取り方など、撮り方のちょっとした変化で大幅に印象が変わってくるライト館について、

「普通、誰の建物でも、ここを撮っておけば大丈夫というのが分かりやすいけれど、ライトは撮るのが難しい。撮っても撮っても終わらない」

と苦笑している。

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煉瓦を彫刻的に積み重ねたやうな柱、かさかさした大理石の棟木、砂壁の低い天井、しっとりした厚みある敷物、それらが柔かい黄と緑を基調として巧みに統一され、落ち着いた調和をもって、私を夢のやうな静けさに誘うのでした。そこには長い旅を続ける世界の人々を、夕に迎え朝に送る慌ただしい宿舎の感じは少しも見出すことができません。旅人の心をしめやかにかき抱く静寂と荘厳さが、静かに流れてゐるだけです。
 (「新築の帝国ホテルに泊る記」『主婦の友』1923年9月号)

異空間としてのライト館に魅せられ、震災直後の記事とは思えない「落ち着いた調和」「静寂と荘厳」を女性記者が感じ取っているのが印象的だ。

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階段を数段のぼって館内に入ると左手にすぐあるフロントを横目でみながら、さらに数段の階段を正面へ進むと、低かった天井が開けて3階までの吹き抜けで四方が見渡せる開放的な空間となる。左右にはそれぞれの階の踊り場に出る階段が作られており、南向きの踊り場は明るい光に満ちている。大谷石やテラコッタそれぞれに施されている彫刻の模様だけでも何種類もある。これを一つ一つ指定して彫らせたというのだから、予算超過になったというのも無理がない。オールドインペリアルバーのカウンター背面で印象的だったテラコッタの塔のモチーフは、踊り場の隅などに柱状にあちこちに点在していた。柱の内部には黄色い光源があり、柔らかな光が塔のモチーフの隙間からもれている。ライトの師サリバンは、弟子の作品であるライト館について次のように観察した。

日本に遊ぶこと数次、現在の日本國民の間には古代日本の理想がまだ根絶せず、何人かそれを呼び醒すのを待つ許りにまどろんで居ることを看取し、更に、その精神を摂取して彼自身の天稟の富に加へた。(中略)立派な細部のうちでも、ことに心惹かれるは建物内外に用ゐた大谷石の手法である。いたるところその表面には複雑な彫刻を施してあり、その表情は場所によつて變わつて居る。その模様は何れも、石そのもの、組織と融合する意味につくられ、決して模様のための模様ではない。模様の効果は大谷石表面の天鵞絨の如ききらめきを助成したにある。
(ルイス・サリヴァン「帝國ホテルに就て」『建築の日本』1924)
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ライトは塔のモチーフの中に、古代日本の夢のようなものを再現した。新は後の座談会で、日本の造形の根本原則に木を使う建築が存在し、その木の文化の極致が「丁度一本の木が立つて居ると同じ」五重の塔だろうと言っている(『建築雑誌』1942年9月)が、これはライトとの共通認識であったかもしれない。目の前の優しい光を放つテラコッタの柱は、5つの小さな塔が横に並び、それが4段分天井まで続いている。テラコッタの質感は遠目に見るとまるで木の肌のようにも見えて、「祈りの木」とか「希望の木」とでも名付けたくなるような柱になっている。どこか灯篭を思い出すような懐かしい感じもある。これを単に装飾と言えばライトには失礼にあたるだろうか、それほどの思い入れを感じた。石に施された彫刻と同じく、それらは融合して全体を構成する。ライトの助手だった新は石質が柔らかくぼこぼことした凹凸を持つ大谷石の彫刻について、しばしば「折角刻んでも無駄ではありませんか」と聞かれた。これに新は、

「ライトさんはブツブツや凹凸のお手伝いをしているのです」

と答えたという(遠藤新「建築美術」『アルス美術講座』(下)1926年)。大谷石の「お手伝い」をしているとは何ともユニークだが、いってみれば自然の造形物と人間との真摯な交歓が、この彫刻なのだろうと思う。まっさらな気持ちでこの彫刻を眺めていると、まるで彫られた線や形が石とおしゃべりしているようにも感じられる。そこにはまず石への愛があり、そこへ宿るものへの畏れがあり、自然の中に秘められた真理に触れ、それをあぶりだしたいという人間の古代にさかのぼる欲求がある。

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ライトは「ミカド(天皇)に捧げる贈り物」として帝国ホテルを設計した。帝国の「帝」はミカドと読む。「帝国」には二つの用法があり、そもそもは皇帝が治める国としての「帝国」だが、複数の地域や民族を支配するなど、強大な力を持つ国も「帝国」と呼び、そうした国の暴力的な所業は帝国主義と称されるようになる。明治の日本は帝国主義の西欧列強を憎みつつ憧れ、ほどなくその仲間入りをした。古代から存在するミカドを利用し、西欧をモデルにつき進み、にわか作りの威信を誇る日本の姿をライトは苦々しく見つめていた。西欧化の先端を担った銀座の街並みを「百鬼夜行の諸建築」と言い切り、「公共建築に英独仏の三国から真似た衒気(げんき)は、丁度軍国的見栄にもひとしい」と喝破している。ライトは「ミカド」の国が、帝国主義に堕していくことを敏感に感じとっていたのだろう。1922年春に工事半ばで日本を去る前には、大正というデモクラシーの時代の終焉を予言するかのように、次の言葉を残している。

日本にひるがへる旗の日の丸、誰か知る、沈む夕日か、昇る朝日か
(「新帝国ホテルと建築家の使命 下」遠藤新訳『科学知識』1922年4月)
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明治村ライト館2階の喫茶室からは、正面玄関の上部の印象的な装飾が良く見えた。テニスボールのように丸く削られた大谷石が11個縦に積み上げられた玉の柱が何本も空に向かっている。下から上へ、昇華する何か、あるいは志す何か。天に昇る魂か、捧げられた尊い宝か、はたまた熱で水蒸気になってゆく水の姿か。お茶を飲みながらぼんやり眺めているだけで、様々なインスピレーションが浮かんでは消える。

ライトは、ベートーベンの音楽も、ライト館ほどの苦労をもって生まれてはいないと言ったという。様々な要素が林立し、溶け合い、全体の印象を醸し出すさまは確かにオーケストレーションを思わせる。玄関とロビーだけで、十分そう感じるのだから、全体をくまなく歩けた人々は、一体どんな音楽をそこに聞くことができたのか、想像するだに羨ましい。

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「ライト館が残っていたら今こそ世界中から人が来たでしょうにね。今の技術なら何とかなったかもしれないけど、当時は難しかったでしょう。保存の意識もあまりなかったころです。高い建物が周りに建っていって、地下を掘ると地下水位が下がる。地盤が下がっていたらしいと。そこまではライトも予測できなかった」

目白の事務所でそう話してくれたのは、建築家の遠藤現さん。新の四男でインダストリアルデザイナーの遠藤萬里(ばんり)を父に持つ現さんは、当初はアメリカの大学で精神医学を学んでいたが、体調を崩して帰国、家の建て替え時期に、間取りを設計してみたあたりから建築に惹かれ始めたという。新の長男陽、次男楽、三男陶が建築家になっているという建築家ファミリーだ。

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「小学校は筑波大学附属小学校だったんですが、焼き物のタイルが校庭にでるテラスにあって、それが何となく好きでなぞったりしてたんです。何だか惹かれてね。丸い線をなぞったりして座り込んで遊んでたんですね。最近になってそれが帝国ホテルのタイルと分かって。ホテル建築で使ったものを量産化したりしてるんですね」

という不思議なエピソードもある。帝国ホテル建築にあたっては、愛知県常滑に専用のレンガ工場が作られ、この地で土管工場を営んでいた伊奈初之烝・長三郎親子が、技術顧問となった。これが後のINAXとなり、ノリタケの前身、日本陶器やTOTOの前身、東洋陶器などとも連携しながら、日本の陶器産業が成長してゆくことになった。

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現さんの父萬里さんは、新が満州で仕事をしている最中に生まれ、電報で女ならマリ、男ならバンリと指定されたという。新は1933年朝鮮に渡って仕事をしており、その後の満州時代は中銀倶楽部(満州中央銀行倶楽部)や中銀関係者の邸宅設計を任されるなど、大陸との縁があった。満州で新がやったことは師のライトが日本でやったことに重なっていく。

「その土地のことを考えて、ですね。ライトも事前に色々日本を見て回っているわけです、それを自分でかみ砕いて出していく。新も満州で調べて作ったと。当時多くの日本人建築家が満州に渡りましたが、ほかの方たちはそこまでは考えていなくて、東京にあるようなものを作ったと思います」

中銀倶楽部は今なお長春に現存するという。

それにしても、と思う。国と民族を隔てて、二人の建築家がここまで共振したということが不思議である。新が書いたものを読んでも、彼の思想は単なるライトの追随というよりは、パーソナリティの根っこの部分から出てきているように感じる。彼ら二人を結びつけたものは何だったのか、その問いを掘り下げることで、帝国ホテルライト館が日本の歴史の中でになった意味を、少しは理解できるだろうか、新の孫の現さんをナビゲーターに、もう少し二人の物語をみていきたい。

(その3に続く)

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