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対話美学

第3回 『道灌』

2016.10.06

文/春風亭一之輔

絵/森本 将平

「こんちわー、隠居さんいますかぁ!?」

「おや? 誰かと思ったら八っつぁんかい? まぁまぁ、お上がりよ」
「ご馳走様です」
「なんだ? 『ご馳走様』てぇのは?」
「『まんま、お上がり』っつったから」
「『まんま』じゃない。『まぁまぁ、お上がり』だよ」
「なーんだ、面白くねぇ……」
「ひどい言い草だね。なんか用かい?……」

これは古典落語『道灌』の冒頭。横丁の隠居と職人の八五郎の会話だ。

『道灌』はご隠居さんの家で「七重八重、花は咲けども山吹の、みのひとつだになきぞ悲しき」という掛軸をみた八五郎が、雨具を貸すのを断る際にこの歌を真似して失敗する……というストーリー。

入門したての噺家が覚える、基本中の基本の前座噺。……であるが、正直つまらない。登場人物が少なく、筋の起伏もなく、ギャグも古臭い。だからウケない。お涙頂戴の人情噺のほうがはるかにやさしい……と思う(異論もあるかな)。

『道灌』でウケている噺家は腕がよいと思って間違いない。こんなに難しい噺はないのだ。

じゃぁ、なんでこの噺を入りたてのペーペーに教えるのだろう。『道灌』には二つの基本がつまっていると思う。

一つは落語家の技術に必要な上下(カミシモ)の切り替え・長屋の距離感などの技術の基本。これを身につけるにはうってつけだ。

もう一つは「落語ってこんなノンキな世界なんだぜ」という考え方の基本。暇な年寄りの家にアポイントもなく、これまた暇な職人がふらりと立ち寄り軽口をたたく。「お茶を入れようか」「ありがとうござんす……」と上がり込む。現代において、ほとんどなくなってしまったであろう「長屋の付き合い」の中にある“落語世界のノンキ感”を肌でおぼえろ、ということじゃないかな。

だから、頭でっかちになって落語を難しく考えてしまった時、私はこの『道灌』を高座にかけるようにしている。すると再び、落語を好きになった時の自分に返ることが出来るのだ。

ただウケないけどね。付き合ってもらうお客様には申し訳ないが。もし私が『道灌』をやっていたら「リフレッシュの、リボーンの最中だ」と思ってほしい。

そして、もう戻れないかもしれないけど、現実社会が少しでも『道灌』的なノンキさをとり戻して欲しいもんだ……とも思うのだ。

クリエイターの紹介

春風亭一之輔

落語家

1978年千葉県野田市に生まれる。2001年日本大学芸術学部卒・春風亭一朝に入門。朝左久(ちょうさく)となる。2004年二つ目昇進、一之輔と改名。2012年一之輔のまま、真打ち昇進。寄席や落語会で日々出演中。公式HP「いちのすけえん」http://www.ichinosuke-en.com/ (写真©キッチンミノル)

森本 将平

イラストレーター

1986年鳥取生まれ。東京在住。展覧会での作品発表、雑誌やCDジャケットなどのアートワーク制作で活動。2014年に個展「ゆうれい」を開催。http://morimotoshohei.com/

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